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再び、ペニンシュラに

最初に香港に行ったのは、北京で天安門事件があった正にその時です。

香港から中国の桂林、広州、海南島と巡り、中国の革命からの衣替え、大国の地響きを体験できたのですが、今でも印象深いのは香港のペニンシュラホテルです。

当時、まだ大学生は格安海外旅行を体験するのが一人前の証しって風潮があり、実際は今から考えればバブル前期なので日本円は海外では無敵。されど勇猛体験記だと香港では1泊千円未満で泊まり、中国本土だと1泊500円未満で過ごすのが誉れでした。今では名門大学の教授をシラってやっている同級生たちに張って全館エアコンは20度で変更できず、共用のシャワーはお湯か水かは出たとこ勝負のなんとかマンションに泊まり、今は無き九龍城の4階まで忍びこみ(実際、明確な何階とかはありません。階段を数段登って左右前後方に廊下っぽいとこがあれば、それが新フロアと了解すること)、助けてくれっぽい叫びは不規則にも全方位から鳴りました。

この九龍城がまだ存在する時に、あのジメジメしながら何かの動物をブツ切りにする包丁とまな板の音、それと助けて叫びのナイーブなハーモニー。これは背筋を凍らせるには十分で次の突破は真逆でイコ~っと決心。

そこでペニンシュラホテルです。恐れを知らない若き僕はかの有名なペニンシュラホテルのロビーで弦楽器の響きを聞いたろっと九龍城からそのままペニンシュラホテルに向かったのでございます。

ご想像のとおりTシャツ短パンにサンダルでした。九龍城には紛れておかしくない安全なTPOだけれども、ペニンシュラにはドアをくぐって10秒は滞在できたかな。弦楽器の調べも聞こえた。ロビー担当者の丁寧かつ優雅だけど絶対的に不適合者は排除する囁きと手招きも体験しました。GET OUT.

怨念とは不思議なもので誘いにも変容します。長期間経っても、九龍城は無くなってもあのペニンシュラホテルには向かうぞ、とかがジジィーになっての動機でみごと今回は名門ホテルの神髄まで体験してきました。

建物は永久に存在するわけではなく、使い手の都合でバンバン変化します。記憶に残りやすい記号が勝手に自分に入ってきやすい場所に、強引にイメージをひと箱10万円で詰め込み放題だからどうぞ、かな。サグラダファミリアも、サントリーニも、スマートにしか経験できない老いも、まぁーまぁーかいな。

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